弊社代表の米澤は、湘南(鎌倉市)に生まれ、湘南(藤沢市)で育ちましたが、日本とアメリカの両方の国で建築の教育を受けると共に、両国の著名な建築設計事務所で修行を積み、日本人としては数少ない日米両国の建築家資格(ライセンス)を取得した建築家です。日本で6年間勤務したレーモンド設計事務所は、旧帝国ホテルを設計するために1914年にフランク・ロイド・ライトと共に来日したアントニン・レーモンドの創設した設計事務所で、日本の近代建築史の中で優れた作品を数多く残し、多くの逸材を輩出した事務所です。またアメリカ時代に師事したポール・ケノンやシーザー・ペリはアメリカ近代建築史上における巨匠の一人であるエーロ・サーリネンの門下生で、特にシーザー・ペリ氏の下では約4年間に亘ってアメリカ国内のみならず、英国や日本における重要なプロジェクトに参画する機会を得ました。

 住宅設計に関して本格的に活動を開始したのは独立して自身の事務所を構えてからですが、アメリカ滞在時代に体験した豊かな住環境や、美しい街並みなどを全米に亘ってつぶさに見てまわった経験から、日本においてももっと住み良く美しい街づくりができないものかとずっと考えてまいりました。

 アメリカでは、土地は有効に活用してこそ価値を生むもの、住宅は大事に使って資産として引き継いでいくものと考えられております。日本も既に全国の住宅戸数が全世帯数を上回る時代となりました。これからの住まいづくりは人生最大の出費ではなく、アメリカのように個人の資産形成において有効な投資となるような、耐久性に加えてより付加価値の高いデザインと性能が求められます。そのためには住い手の要求や住み方の変化に対応できる可変性や維持管理の容易さへの配慮、そしてなによりも飽きの来ない優れたデザインが必要と考えます。人に自然にやさしく、そして美しい住まいづくり・街づくりが私の目標です。




 
■略歴
神奈川県鎌倉市生まれ
神奈川県立湘南高等学校卒業、早稲田大学理工学部建築学科卒業、
1982年 一級建築士資格取得
1987年 Rice University(米国)建築系大学院修了
     (Master of Architecture学位取得)
1991年 アメリカ合衆国建築家登録試験合格、Wisconsin州登録建築家となる


大学在籍中から、現代計画研究所、吉阪研究室(内藤廣氏他)、日建設計(三井物産本社ビル工事監理事務所)、横浜市企画調整局、丹下健三+都市建築設計研究所、鈴木エドワード氏、柴田・高設計プランニング事務所(現SKM設計計画事務所)、武建築研究所等にて、また彫刻家で広場などの設計者でもある志水晴児氏の許で、建築設計、都市デザイン、広場・彫刻のデザインなど様々な設計活動に携わる。早稲田大学建築科卒業後、(株)レーモンド設計事務所、CRSS(米国)、Cesar Pelli & Associates, Inc.(米国)等、日本及び米国の設計事務所に勤務の後、
2003年 (株)パシフィック・デザイン・システムズ設立
現在、同社代表取締役兼プリンシパル・アーキテクト

設計事務所勤務時代の作品には、アメリカ、タイ、インドネシア、英国等における様々な海外プロジェクトの他、国内では、横浜市港北ニュータウンセンター地区マスタープラン、南山学園、サンヨー食品本社工場、大田区教育センター、川崎市市民保養交流施設、横浜市金沢清掃工場、秋田県新水族館などがある。
   
■受賞歴等
  1980年 西日本新聞社主催阿蘇高原ホテル/ゴルフ場に付属するロッジ公開設計競技入選
     (126点の応募作品中準佳作入選)
1990年 日系アメリカ人第二次世界大戦戦没者記念碑公開設計競技入選
     (138点の応募作品中第 2席入選)
1993年 川崎市市民保養交流施設建築設計プロポーザル当選*
1994年 国民金融公庫豊橋支店プロポーザル当選*
1994年 横浜市環境事業局金沢清掃工場プロポーザル当選*
1995年 OECFインドネシア中学校建設PM業務プロポーザル当選*
1997年 秋田県新水族館プロポーザル当選* (*は(株)大建設計における担当作品)
   
■公職等
 

社団法人日本建築家協会において、建築家資格制度実務委員会委員、建築家資格制度推進委員会委員、CPD評議会委員、広報委員会委員、同関東甲信越支部において、支部副幹事長、支部広報委員会委員長、支部交流委員会副委員長、支部賛助会員大会実行委員会委員長、支部教育委員会建築修士設計展実行委員会委員、支部情報化推進特別委員会委員長(支部ホームページの企画公開を担当)等を歴任、また群馬県建築卒業設計審査会委員長(2002年度・2003年度)を務める。
また、社団法人日本建築学会において、登録制度特別調査委員会委員(2002年度)、会員委員会登録制度小委員会委員(2003年度)を務める他、財団法人日本建築技術教育普及センターにおいて、日本APECエンジニア・建築エンジニア資格委員会委員、日本APECアーキテクト資格委員会委員を務める。2005年にはアメリカ建築家協会日本支部理事に就任。2007年JIA神奈川理事に就任、建築相談委員会委員(相談員)となる。また、横浜市の関内都市景観検討会の検討委員(2005年・2006年)、藤沢市の都市計画審議会委員(2007年・2008年)を務める。
国連の建築専門コンサルタントとしてハイチの復興支援業務等に従事(2010年〜2011年)。