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「ペンドル・ヒル」に見るサステイナブルな環境づくり

「馬車道マルシェ」人力車や馬車に試乗できる。 現在の馬車道(旧横浜正金銀行/現神奈川県立歴史博物館前)
写真左:「メイン・ビルディング」食堂、図書室、居間がある(ペンドル・ヒル)
写真右:「バーン」この土地にもともとあった納屋を改装した集会所(ペンドル・ヒル)

 

 サステイナブルな社会とは、循環型社会の先にある持続可能で次の世代に伝えるべき、私たちを含めた環境のことです。21世紀におけるサステイナブルな環境づくりとは何か?フィラデルフィアで開催された20世紀最後のアメリカ建築家協会年度大会では、迎えるべき新世紀のコミュニティづくりについて広く議論されました。私もこの大会に参加し、ペンシルベニア州がサステイナブルな建築活動のモデルとなるべく展開しているグリーンビルディング政策の内容を聞き、先進的事例を見てきましたが、その中で印象的だったのは、議論の視点が健康の問題や快適性の問題、人々の作業生産性の問題など、常にその建物を使う「人」にあったことです。そこで今回は、大会参加の後、個人的に関心のあった「ペンドル・ヒル」に足を伸ばして、この環境の問題を独自の視点から実践している一つのコミュニティの姿を見ることにしました。

 「ペンドル・ヒル」とは、フィラデルフィアの近郊にあるクエーカーの成人学校です。すでにクエーカーの設立した学校には、近隣のハヴァフォード大学やスワスモアカレッジ、それに津田塾大学のモデルにもなったブリンマー大学などがありますが、アカデミックな教育を目指す大学とは異なる目的を持つ教育機関が必要との判断から、「ペンドル・ヒル」は1930年に設立されました。この学校では、宗派・国籍・年齢を問わず、人生の転機にある人、一つのことをじっくり考えたい人、サバティカル休暇を自分のために役立てようとしている人などが、一定期間、集団で共同生活を送っています。精神科医の神谷美恵子女史が若き日ここで生活し、学んだところとしても知られています。私はそのホームページから、最近、「ペンドル・ヒル」のキャンパス内にグリーンハウスが建設されたことを知り、ぜひ見たいと思い訪ねました。




「馬車道マルシェ」人力車や馬車に試乗できる。 現在の馬車道(旧横浜正金銀行/現神奈川県立歴史博物館前)
写真左:グリーンハウスの正面外観(建物の西面)
写真右:グリーン・ハウスの内部。右手の壁は蓄熱体となっている。

 

 このグリーンハウスはオーガニック・ガーデンの付属建物として建設されたものですが、単なる建物としての機能を超えた意味と目的が込められています。この施設の建設は、その場所から採取された石や土と、敷地内で収穫された樹木を使い、その他はリサイクル建材の中から健康や環境に有害でない材料を用いながら、自分たちの手で建てることを目標としています。東西の外壁にはコブ工法が用いられ、北側の外壁にはストローベイル工法が用いられています。まさに、セルフヘルプで適正技術の基本を守りながら建てられた、パッシブ・ソーラー・ハウスです。コブ工法とは砂と藁を土と混ぜて一体的に手で模るという伝統的な建設技術ですが、地球上どこにでもある材料なので、安くて、寒冷湿潤な環境にも適しており、イギリスのデボンには500年以上も住み続けられているコブ建築が多数残っています。ストローベイル工法とは藁を束ねたブロックを積み上げて、その外側にプラスターを塗る建築工法で、19世紀後半に登場しましたが、長い間忘れ去られていました。しかし、最近また、エコロジカルな建築の研究者達に紹介され、普及して注目されるようになりました。その普及活動の中心人物の一人が、アリゾナにある超先端的な環境研究施設である「バイオスフィア2」でガラスのドーム建設に携わっていた人物であることも面白い点です。いずれにしても、環境消費型の近代建築に対して森林資源や鉱物資源を消費しないことや、工業製品を使うことによるエネルギー消費に依存しないことなどで、究極のエコロジー建築工法と言われています。実際にその自然素材に包まれた環境の中に身を置いてみると、土の温もりや肌合いが自然との共感を呼び覚まし、不思議と落ち着く空間となっています。


「馬車道マルシェ」人力車や馬車に試乗できる。 現在の馬車道(旧横浜正金銀行/現神奈川県立歴史博物館前)
写真左:キャンパス敷地内のオーガニック・ガーデン。奥にコンポスト置き場がある。
写真右:この土地を見続けた「大きな木」。

 

 「ペンドル・ヒル」の環境への取り組みは、食材の購入指針に始まり、生ごみのコンポスト化と有機農園での使用、寄宿舎や事務所の維持管理、キャンパス内の庭や樹木の管理、作業グループの運営や環境教育プログラムの提供など64項目が提示されています。そもそも彼らが集会所として使っている建物は、この場所にあった納屋を改装して再利用したものです。またキャンパスの敷地内は豊かな自然環境が保たれ、樹木の種類などが克明にマップに記録されているなど、学園がこの環境を注意深く守ってきたことがうかがえます。

 そして、「ペンドル・ヒル」の環境への取り組み目標は、地球上の空気や土や水へのネガティブな影響を削減することと、その資源の適切な共有を図ることとされています。小さなコミュニティにおけるささやかな試みかもしれませんが、日常的な生活の中で実践している姿を見て、そのフィールドに触れたことは示唆に富む貴重な体験でした。環境の問題は21世紀最大の課題の一つと言われていますが、急速に進む技術革新とともに、その解決のルーツは私たちの自然を感得する心の問題であり、信条を持って美しく生きることにあると言えるのではないでしょうか。

       <米澤正己、AIA,RIBA,JIA会員、(株)パシフィック・デザイン・システムズ主宰>

 





  写真撮影は全て米澤正己によるものです。無断で複写・転載することを禁じます。

この原稿は「マイホームプラン 2001年3月号」に「21世紀を考える−ペンドル・ヒルに見るサステイナブルな環境づくり」として掲載されたものです。